秩父に行った

前回の記事のつづき

『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』を読んで秩父がどんな場所か気になっていたところ、ちょうどここさけのスタンプラリーをやっていたので行ってみた。

秩父の山奥にある三峯神社には行ったことがあったが、ぶらぶらと街中を歩くのは初めてだった。横瀬駅から歩いて横瀬町観光案内所→大慈寺→道の駅ちちぶ→ほっとすぽっと秩父館→秩父観光情報館を回り西武秩父駅から電車で帰った。

横瀬駅で降りたときは空気が良いなと、そして確かに山に囲まれているなと思った。しばらく歩くと幹線道路に差し掛かり、歩道の整備の中途半端さに車社会なんだと実感した。

時間に余裕がなかったため寄り道せず淡々とスタンプを集めたが、スタンプラリーのコースは大慈寺以外は聖地というわけでもなく、あの花関連の展示があった「あるほっとすぽっと秩父館」以外は特に面白みのない場所だった。最後に回った秩父観光情報館で自転車を借りられることを事前に知っていれば、最初に回って借りてたかもしれない。

聖地巡礼というものが初めてだったので人が多いのか心配だったが、流石に数年前の作品というのもあってか同類はまばらで気楽だった。聖地巡礼ノートや絵馬、街のいたるところに貼られたあの花やここさけの(一部色あせた)ポスターなどは興味深かった。

秩父という場所は私にとって非日常の空間で閉塞感はなかった。私にとって日常の空間である東京には閉塞感を感じる。同じ空間でも人によって見え方は全く違う。育った環境の呪縛は強力だ。

『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』読了

『あの花』を放送当時観ていて、主人公の描写に不登校経験者としてとてもリアリティーを感じた。

先日、そのことをふと思い出してネットを検索すると、脚本家の岡田麿里不登校経験者という記事が見つかり合点がいった。そして彼女自身の不登校経験を綴っている本書を手にした。

私は岡田麿里のファンでは無く、彼女の作品を追っかけてきたわけでもない。むしろ『花咲くいろは』や『あの花』からにじみ出てくる「痛い感じ」が苦手だ。それでも『あの花』の不登校の心理描写は心に残るものがあった。

本書は大きく不登校時代・上京時代・社会人時代に区分けできるが、不登校時代については私自身の経験ほど悲惨ではないように思いながらも、読んでいてうなずいてしまう描写が多々あり、本業の方に対して僭越ながら、よくここまであのドロドロとした心情を言語化するものだと感心した。

上京時代については、秩父出身の岡田麿里に対して23区出身の私には共感しづらいものだった。加えて彼女はゲーム専門学校に進学するのだが、私はゲーム専門学校への進学を一時期考えるも親の反対され断念、同級生より数年遅れて都内の大学に進学した。ただ大学・専門学校の違いはあれど多少は休んでも大丈夫という環境だったことは共通していると感じた。

上京が彼女にとってターニングポイントであったのと対象的に、私の場合は大学に進学しても実家暮らしだったので、(山には囲まれていないが)息がつまるのは解消されなかった。彼女に限らず上京が人生の転機になったという話はよくあるが、そもそも上京という選択肢が存在しない私にとっては羨ましい限りだ。

社会人時代については只々おめでとうという感じだった。もちろん苦労はあるのだろうが、不登校を脱却して自身の能力を活かした仕事を手に入れたというだけで上出来すぎるだろう。突然ヒステリックになってしまうところが彼女の脚本と同じ「痛い感じ」がして苦手ではあるが。

本書は不登校時代に大半のページが割かれているので、私自身が言語化できなかった経験が活字になっているというだけで満足できるものだった。本書を読み進める合間に録画したままだった『ここさけ』も観てみたが、部分部分では良くても全体を通すとやはり「痛い感じ」が好きになれなかった。ただ、岡田麿里という人物には不登校経験者として興味をいだいたので、そういう人がどういう脚本を書くかということに今後も注目していきたいと思う。

ぼっちが早稲田大学で出来ること

孤独のグルメ

ぼっちにとって苦痛な時間である昼休み。便所飯を本当にやってる人がいるかは知らないが、生協で買った弁当を一人で教室や廊下で食べるのは中々寂しいものがある。

早稲田大学の周りには飲食店が豊富にあり、飲み会代もかからないぼっちなら昼食くらい贅沢してもいいだろう。お店に入ってしまえば案外一人でも余裕だったりする。混んでるのが嫌なら中央図書館にある喫茶店がちょっと値は張るが落ち着いていておすすめ。

 

図書館

早稲田大学の図書館はそのへんの公立図書館など相手にならないほど充実してる。しかも利用者が学生・教職員・OBに限られるため近所の図書館では予約でいっぱいの本もすぐに借りれたりする。読書家でなくても中央図書館で映画を見たり、戸山図書館でアニメの資料集を漁ったりと使いようはいくらでもある。それすら気が向かないなら中央図書館のラウンジで昼寝してもいい。卒業してからは貸し出すことが出来ないので、在学生の特権をぜひ活用して欲しい。

 

もぐり

早稲田大学には把握できないほどの授業が用意されている。自分の学部の講義に飽きたら他学部の講義に潜ってみよう。シラバスで大教室であるかチェックして後ろの方で静かにしていればまずバレない。津田大介みたいなイロモノが講義をしていたりするので、こっそり覗いてもいいだろう。探せばアニメーション論みたいなオタク向きの講義もある。

 

学生相談室

話し相手に困ったらここに行こう。どれだけ利用しても無料だ。

文才がない人は思考をどこに吐き出せばいいのか

常日頃、頭の中では吐き出すあてもない思考が巡っている。

だが孤独な僕には都合の良い話し相手がいない。

カウンセラーなどプロに聞いてもらうという手もあるが、お金はかけたくない。

そうすると、手っ取り早いのがツイッターで表現することだ。

ツイッターが容易に承認欲求を満たせるという場所だと僕は知っている。

だから僕はツイッターが好きじゃない。というか今さら都合よく僕の話を聞いてくれる関係を構築するという情けない行為をしたくない。

ブログはどうなんだよと思うかもしれないが、ブログで誰かの反応を得るというのはツイッターに比べて相当難しい。まずブログの記事のためにまとまった文章を書くというはツイッターの文とも呼べない文字の羅列と比較にならないほど面倒だ。それをコンスタントに続けることで固定の読者がついてようやく反応を得られるようになる。これは無理。

こんな人間に残るのは5ちゃんねるや匿名ダイアリーという完全匿名の場だ。

だがこれらは非常に手軽である一方で承認欲求を満たすのはとても難しい。

平凡な人間が思いつきで書いても誰にも反応されず濁流に飲まれてしまう。

レスやブックマークといった承認欲求を満たすアイコンはよっぽどの文才がないと手に入らないのだ。

だから仕方なくここに吐き出す。

ネトゲで出会ったイスラエル人の思い出

トランプがエルサレムイスラエルの首都と認めるというぶったまげニュースで思い出した。

 

10年以上も昔、TibiaというMMORPGにハマっていた。

といってもずっとnoobから抜け出せないままだったけど。

それであるとき出会ったやつがやたら親切で戦闘助けてくれたりアイテムくれたりしたんだ。

TibiaはPKありだったし、死体からアイテムを奪えるからマナーが悪いやつも結構いた。

だから親切なそいつが気になってチャットで"where are u from?"と聴いてみたんだ。

そしたら"i dont wanna tell u"って返ってきたから不思議に思った。

なら先にこっちの国を明かそうと"why? i'm japanese"って返したんだよね。

しばらくの間があって"israel""see?"って返ってきた。

当時はまだ幼く国際情勢に疎かったこともあって「へえイスラエルかあ」としか思わなかった。

だから無難に"cool!"みたいなこと返した。

そいつは"many people hate us"みたいなこと言ってた。

それに対して"i dont care"とか間の抜けた返事をしてたと思う。

しばらく一緒に行動したけどそいつとの関係はそれっきりだった。

 

それ以来パレスチナ問題を見聞きするたびに彼(彼女?)のことを思い出す。

元気にしてるだろうか。

小池都知事には2階建て電車より自転車道路をなんとかしてほしい

23区内の自宅から大学まで約6キロの距離を自転車で通学している。

以前は電車通学だったが、最寄り駅からだと3路線乗る必要があるため距離の割に運賃が高く、また乗り換えの時間ロスが多いため、意外に自転車よりも時間がかかってしまうのだ。

だが最大の問題は満員電車だ。あの異常な空間がなぜ許されているのか理解できない。痴漢や痴漢冤罪などの車内トラブルが起きて当然。痴漢を擁護するつもりは一切ないが、あの閉鎖空間に人間を家畜のように詰め込むことを止めなければ痴漢は無くならないだろう。おまけに全ての男性は痴漢予備軍として女性専用車両の存在に「協力」することを求められる。女性専用車両が存在するということ自体が「満員電車も解消できない無能な社会です」と宣言してるようなものだ。電車に乗らなければ通勤通学が不可能な都内の交通事情において満員電車は人権侵害だ。

かなりヒートアップしてしまったが、我慢していても何も変わらないので「嫌なら乗るな」精神でささやかな不買運動ならぬ不乗車運動を始めた。

満員電車から解放される自転車通学は最高だ。夏はクソ暑く、冬はクソ寒く、路上駐車がクソウザくて、自転車道路事情がクソクソクソなことを除けば。

自転車通学で確実に死亡確率は高まっていると感じる。満員電車のストレスで寿命が縮むよりはマシと思うしか無い。それでもできるだけ安全な道を求めて色々試してみた。ちなみに乗っているのはママチャリだ。

最初は道交法を遵守し幹線道路の車道を走っていたが、路上駐車が邪魔だし60キロの車と併走するのは命がいくつあっても足りない。自転車走行が認められている歩道を走れば安全だが歩行者に気を使うし段差が多くて走りづらい。幹線道路から一本入った一方通行30キロ制限の生活道路が比較的安全で走りやすいことに気づくが、そこを抜け道のつもりで飛ばすアホドライバーが結構多い。どうしても自転車通勤通学はリスクと引き換えになってしまう。

そこで小池都知事には是非アムステルダムやロンドンを見習って自転車道路を整備してほしい。満員電車対策には2階建て電車なんてわけのわからないものより、自転車道路を整備して自転車通勤通学を推奨するほうがよっぽと現実的だと思うがいかがだろう。

Nintendo Switch

 

Wii Uをスルーしたのでゼルダのために仕方なく買ったSwitch。

買う前は微妙なハードな気がしていたが、2ヶ月触ったら中々良いハードだと思った。

ゼルダのメインクエストはTVモードでじっくりと、サブクエストは横になりながら携帯モードでちょこちょこというスタイルがとても快適だ。

 

VitaとPS4のリモートプレイでも同じようなことが出来たけど自分の中で定着しなかった。

リモートプレイは技術的には凄いのだが、接続を確立するのに毎回時間が掛かるし、どうしても遅延が発生する。またVitaの操作性はPS4のコントローラーには劣るものだった。

こういった細かいストレスは携帯機でちょこちょこ遊ぶというスタイルになじまない。

 

一方でSwitchは強力な母艦にリモート接続するのではなく、携帯機に全部詰め込んじゃってそこからテレビに出力させるという荒業に出た。

そのせいでスペックは据え置き機としては低くなってしまったが、リモートプレイで生じていたストレスは完全に解消されている。

 

ただ据え置きと携帯の行き来でジョイコンを付けたり外したりするのは、最初は新鮮で面白くても飽きてくると面倒くさい。

なのでジョイコンは付けっぱなしにして、据え置き時はプロコントローラーを使うようにしているがこのプロコンも地味に高い。

Wiiの頃から周辺機器に無駄に金がかかるのが悪習になっている。

 

そして最大の懸念はおそらく今回もサードパーティーのAAAタイトル不足になりそうだということ。

やはりファーストタイトルを安定して供給できるかが問題だ。

Switchはポテンシャルのあるハードだと思うので長続きして欲しい。